「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

新着

TAP the CHART

1976年は西でイーグルスがあることを終わらせ、東でラモーンズがあることを始めた

「TAP the CHART」第26回は、1976年を取り上げます。まずはシングルとアルバムの年間チャートTOP 10から。 【1976年のBillboard年…

Extra便

初来日したローリング・ストーンズのビル・ワイマンに招待された細野晴臣、それに随行した忌野清志郎の出会いから生まれたHIS

ローリング・ストーンズのベーシストだったビル・ワイマンは、1970年代から日本の音楽シーンにも関心を持っていたらしく、3枚目のソロ・アルバム『ビル・ワイマン』の…

TAP the DAY

GSの「ザ・フローラル」に参加した後に「エイプリル・フール」解散を経て「はっぴいえんど」へ至る道

1968年2月に結成されたGSの「ザ・フローラル」は、日本のモンキーズ・ファンクラブが公募したバンドだった。彼らが所属するミュージカラー・レコードという会社から…

TAP the SONG

細野晴臣プロデュースの「ホルモン小唄」、大瀧詠一が仮歌を吹き込んだのにオクラ入りした理由

1976年の11月から12月にかけて、東京・赤坂にあるクラウン・スタジオでは小林旭のアルバムが制作中だった。同じレコード会社に所属していた縁もあって、細野晴臣が…

TAP the DAY

大瀧詠一は設計士で僕は左官屋、細野晴臣が『ナイアガラ・ムーン』を聞きながら自作を語った日

大瀧詠一がエレックレコードとの契約で、プライベートレーベル「ナイアガラ」を設立したのは1974年9月だ。自分のレーベルを持って作詞・作曲・編曲・プロデュース・エ…

TAP the SONG

細野晴臣の「ろっかばいまいべいびい」は初めから懐かしいスタンダードのようだった

1973年5月25日に発売された細野晴臣のファースト・ソロ・アルバム『HOSONO HOUSE』で、1曲目にアコースティック・ギターの弾き語りで収録されているの…

ミュージックソムリエ

今もなお世界的に広がり続ける細野晴臣の人気の秘密と『HOCHONO HOUSE』

2019年5月28日から6月3日までの日程で、アメリカ公演を終えたばかりの細野晴臣。各メディアがその盛況ぶりを伝えている。 5月29日のニューヨーク公演は即日完…

TAP the STORY

蓄音機を発明したエジソンにまでたどり着いた細野晴臣の音楽を探る旅

幼い頃から、晴臣少年は家にある重いSPレコードを選んで、自分で大きな蓄音機を回して聴くのが大好きだった。 蓄音機は母方の祖父にあたる中谷孝男のものだったが、晴臣…

Extra便

大瀧詠一が初めて細野晴臣の部屋に入った瞬間、思わず発した言葉とは?

細野晴臣と大瀧詠一がはじめて出会うのは1967年の春先のことだが、きっかけはもう一人の友人との出会いだった。 その前年の秋、立教大学のキャンパスにある待ち合わせ…

TAP the SONG

細野晴臣はジミヘンの「ファイアー」と「紫の煙」を完コピして松本隆のオーデションに臨んだ

1968年の春、原宿駅前にあるビルの喫茶店にて どこで細野の噂を聞いたのだろうか、突然の電話で呼び出されたのは前日のことだ。 「慶応の松本という者ですが、ちょっ…

TAP the SONG

映画『アメリカン・グラフィティ』のラストシーンから日本につながっていた「夏のクラクション」

コピーライターだった売野雅勇が作詞の仕事を始めたのは1981年からで、その翌年には中森明菜の「少女A」が大ヒットして脚光を浴びた。そして1984年には作曲家の芹…

TAP the CHANGE

ジャック・ホワイトがブルースの中に見たもの

2008年に公開されたドキュメンタリー映画『ゲット・ラウド ジ・エッジ、ジミー・ペイジ、ジャック・ホワイト×ライフ×ギター』。 ジミー・ペイジ、エッジ、そしてジ…

Album Sweet で体験する

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